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【でこぼ子選・上質なフィクション7冊〜3】最後の息子〈吉田修一〉

【〈孤独〉と〈つながり〉を愛する上質なフィクション7冊】

 あなたのために、孤独と向き合いながらも、人とのつながりの素晴らしさを描いた上質な小説(フィクション)を中心に7冊セレクトしてご紹介します。

 

お手にとる機会があれば、ぜひ。

 

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3日目は吉田修一さん「最後の息子」です。

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最後の息子吉田修一

「さよなら渓谷」、「悪人」や「怒り」などでおなじみの
吉田修一さんは、私とまったく同い年、しかも同じ長崎県生まれ。

 

村上春樹さんは現代都会人の孤独を描くのが得意ですが、
吉田修一さんは、地方でくすぶるブルーカラー世代の孤独を描かせたらピカイチの方です。

 

息がつまる田舎から、都会に逃げ出した、
でも都会にも居場所はない。


どこに居場所があるのか…。

 

もっと上手に世渡りできればいいのに、それができたらこんなに苦労はしない。

 

そんな中でも、不器用な主人公が、ひたむきに打ち込む何かをみつけるという
3つの短編集です。

 

3つともそれぞれ違うテーマ。

 

でも、どれも「これ、吉田修一さんが自分のこと書いてる?」
と錯覚してしまうくらいリアル。


男性性と女性性の衝突と、都会と田舎の衝突。
それが、淡々とした日常の中から「はっ!」と出てきます。

どれも正解はなく、それでも矛盾を抱えて生きていくしかない。

 

このフィクションの中のノンフィクション、
ノンフィクションの中のフィクション。
ぜひ読んでいただきたいです。

 

 

最後の息子 (文春文庫)

最後の息子 (文春文庫)

  • 作者:吉田 修一
  • 発売日: 2002/08/02
  • メディア: 文庫
 

 

【でこぼ子選・上質なフィクション7冊〜2】砂上〈桜木紫乃〉

【〈孤独〉と〈つながり〉を愛する上質なフィクション7冊】

 あなたのために、孤独と向き合いながらも、人とのつながりの素晴らしさを描いた上質な小説(フィクション)を中心に7冊セレクトしてご紹介します。

 

お手にとる機会があれば、ぜひ。

 

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「おかあさん、私たちは嘘でした。」

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【砂上】桜木紫乃

 

2冊目は、
桜木紫乃さんの「砂上」です。

 

地元・北海道道東を描いた作品が多い桜木紫乃さん。
昭和ロマンというべきドラマチックな人の業を描いた作品が多いですね。

 

そんな中でもこの「砂上」は、毛色が違う、札幌と江別を舞台とした小説です。
孤独で薄幸の女性・令央が、自分の身の上を語る小説を書き続けている。

 

 

それを、敏腕編集者にスカウトされる。


「あなた、精神的に決定的なダメージを受けたこともなければ、友だちもいないでしょう」
「でも、そんなものなければないでなんとかなる、というラストに言い切る爽快さがあったんです。」
「誰もあなたの生い立ちには興味がない。興味があるのは、本気で吐いた嘘なのです。
上質なフィクションを描きなさい」


と厳しく指導されます。

 

その結果、令央の人生は静かに、ゆっくりと動き出す。

この令和の時代にぴったりな名前のヒロイン「令央」。

 


地方の新興都市の住宅街の中で母と娘と3世代。


言葉にできないモヤモヤを抱えながら、ひっそりと誰にも邪魔にならないように生きている。


ドラマチックな恋愛もありません。

 


この生き方こそが、これからの令和の中年女性のスタンダードなのかも。

 

まるで自分のことを描かれたように感じるこの小説。


私たちの生きる支えとなるのは、上質の「嘘(フィクション)」なのかもしれませんね。

 

ブックカバーチャレンジ

 

砂上

砂上

  • 作者:桜木 紫乃
  • 発売日: 2017/09/29
  • メディア: 単行本
 

 

【でこぼ子選・上質なフィクション7冊〜1】百戦百勝〈城山三郎〉

【〈孤独〉と〈つながり〉を愛する上質なフィクション7冊】

 あなたのために、孤独と向き合いながらも、人とのつながりの素晴らしさを描いた上質な小説(フィクション)を中心に7冊セレクトしてご紹介します。

 

お手にとる機会があれば、ぜひ。

 

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映えある第1冊目は、城山三郎巨匠の「百戦百勝〜働き1両・考え5両」。 f:id:a-netfarm:20200508173413j:plain 

「豆まくときに、ひとつだけまかず、同じ穴に2つまいて、出てきた2つの芽の中、いいほうの芽だけ残して育てる。それが賢いやり方でしょ。」

 そんな願いをこめて、貧乏百姓の父親から「豆二」と名付けられた春山豆二。 

 

 その豆二が、まさに「豆2つ」まくやり方でさまざまな大きなリスクをとりながら貧農から投資家として活躍していく、波乱万丈の痛快人生小説。  

 

モデルはヤマタネの創業者山崎種二さんです。 

 


限りなくノンフィクションに近いフィクションで、

だからこそストーリーも楽しめて、

勉強にもなるという

城山三郎流の「1粒で2倍」楽しめる小説です。 

 

 リスクのとり方、ピンチの乗り越え方、投資との向き合い方、

働きプラスアイデアが利益を生むという考え方。

 

転んでもただでは起きない。

ぜったいになにかを取り返して起き上がる。  

 

 

まさに今「ピンチ!」と感じている方、豆二のハングリーな生き方にエネルギーをもらってください。 

なにかが「大発生」するとき

 
フランスのアルプスで孤立した暮らしをしているシロイワヤギピレネー山脈シロイワヤギと出会うことはないから、病気がうつることはない。同様に、基本的に単独行動をしているヒョウのような動物の場合も、病原体は個体から個体へと乗り移ることができない。   【あなたの体は9割が細菌】より

  

 

 

 
過去の歴史の中でも、なにかが大発生することというのはたびたびありました。
 
パール・バックの「大地」の中にもありましたし
「ゴールデン・カムイ」のマンガにもあったように、
人間が本格的に稲作を始めて以来、
「イナゴ」(正確にはトビバッタ)は定期的に大発生していました。
 
イナゴの大発生はなくなりましたが、
畑をみていると、
毎年さまざまなものがこっそり大発生しています。
 
たとえば、「イガホビユ」という海外から来た雑草だったり、

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 小豆に「落葉病」というウイルスがつくことがあります。
エゾシカが大繁殖したり、
油断したら猫だって壊滅的に大繁殖します。
 
生物は、常に自分たちの子孫を繁殖させようとわがままに必死に生きています。
 
しかし、すべての生物がそれを願うので、
パワーバランスが拮抗した状態が続いていて、
普段は静かにみえているのです。
 
そう、「異常な事態」のとき。
 
何かが異常に大発生するときは、
必ず「バランス」が崩れているのです。
 
 
今回の新型コロナウイルスが大発生していることも、
なにかのパワーバランスが崩れていることを表しています。
 
ウイルスは恐ろしいのですが、
生命体としては最小のものです。
 
特定のウイルスが大発生するときは、そのウイルスのパワーを押さえつけるさまざまな細菌類が不足していることを表しています。
 
冬に風邪が蔓延するのも、ウイルスの敵となる細菌類の働きが弱くなることも原因のひとつです。
 
また、野生生物にもウイルスは寄生していますが、伝染病に苦しむということはまずありません。野生生物のほうが免疫系が優秀なわけではなく、病気を大発生させるほど個体間の接触機会がないからです。
 
パワーバランスの中で生態系が崩れないような密度であると、伝染病は発生しないのです。
 
 
いっぽうで、コウモリのように、集団生活が好きなうえ移動癖のある宿主なら、病原体にとって好都合です。コウモリにさまざまに変異したウイルスが多いことはよく知られています。
 
この点で、ヒトはコウモリに似てきた。都市に集まって暮らし、ジェット機で世界を飛び回り、行く先々で病原菌をばらまく−−−無害なものも、有害なものも。 【あなたの体は細菌が9割】より

 

 
 
都市で「コウモリ型」の生き方をする人間が異常発生してしまったことが
今回の新型コロナウイルスの大発生につながったと感じないではいられません。
 

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夜のほうが元気が出るコウモリ型のひとはいませんか
 
 
だからといって、都市を否定しているわけではありませんし、
すべての国民が農村に疎開しろ、と言いたいわけではありません。
 
農村は農村なりに、さまざまなパワーバランスが拮抗して成り立っておりますので、いきなりコウモリ型の人が押し寄せても、またバランスが崩れてしまいます。
 
とにかく、
新型コロナウイルスの大発生は、
今の都市型の人間の暮らし方のどこかが不自然になっていることを示しています。
 
新しいパワーバランスを作り出して、また拮抗状態に持っていくことが必要です。
 
 そのためには、イナゴのときのように「薬」は大切です。
それ以上に、「環境」を変えることが重要です。
 
いっときでも、コウモリ型のライフスタイルをやめて、自分は孤高のヒョウだと思って生活してみることです。自分の中の新しいパワーバランスをつくるのです。
 
 
不自然である部分を少しずつ直していけば、
新型コロナウイルスの脅威は知らないうちに消えてなくなっているかもしれません。
 
 

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ヒョウをイメージして生きる
 

 △この本とってもおすすめです。まるでこの新型コロナウイルスの発生を予見したような事が書いてあります。免疫を高めるために高価な食べ物を買い求めるより、自分の中の生態系のバランスを整えることがまず大事だということです。

 
 
 

未来のことはわからない、だからこそ…

いわく、信頼とは、
「わからないはずの未来に対してあらかじめ決定的な態度をとること」
     −「急に具合が悪くなる」(宮野真生子・磯野真穂)より
 
 
哲学者の宮野真生子さんと、人類学者の磯野真穂さんの往復書簡をまとめた本
「急に具合が悪くなる」
を読みました。
急に具合が悪くなる

急に具合が悪くなる

 

 

宮野真生子さんと磯野真穂さんは、名前も似ていて年齢も1歳違い。
そしてどちらも学術的なフィールドで活躍する学者さんです。
 
ではなんで、この本のタイトル、「急に具合が悪くなる」なんだろう?
 
と思いながら読み始めましたが…
 
実は宮野真生子さんが乳がんを患っていて、
主治医の方から「急に具合が悪くなる場合がありますよ」と言われていたそうです。
 
そして往復書簡の中から、宮野真生子さんがほんとうに「急に具合が悪くなる」ときがやってきて、
そして2人の言葉の切れ味とあたたかさが、迫力を帯びてくるのです。
 
 
「約束とは、こうしたわからない未来を前に、時間を超えて、未来を現実と一致させることができる能力をもっているといえるとき、人は『約束する能力』を有する人になり、それは信頼に値する人として周りに扱われることになるというわけです。
 
しかし、一方で、未来はあくまでわからないものであり(大丈夫といった人が事故に遭う可能性だってある)、人は時間を超えることはできませんから、現時点で相手を信じて未来の約束を結ぶ、というのは「冒険」であり「賭け」であります。
 
では、いったいどんな人なら「約束する能力」をもっていると言えるのだろうかと疑問に思います。いつか必ず死が訪れ、未完結に終わる人間が、未来に対しあらかじめ決定的な態度をとることなんてできないんじゃないかと。そうやって死の可能性を考えれば、私たちは未来に決定的な態度なんてとれません
 
「しかし、私たちは、約束する。」
 
それは、死の可能性を隠蔽しているんでしょうか。そうではないと思います。約束とは、そうした死の可能性や無責任さを含んだうえで、本来取れるはずのない「決定的態度」を「それでも」取ろうとすることであり、こうした無謀な冒険、賭けを目の前の相手に対して「今」表明することに意味があるのだろうと。
 
あなたがいるからこそ決めたのだという、「今」の決断こそ「約束」の要点なのだろうと。だとしたら、信頼とは未来に向けてのものである以上に、いまの目の前のあなたへの信であると言えそうです。
 
 
 そう、人間は100%死ぬ生き物です。
だからこそ、未来がどうなるかなんてわからない。
明日がどうなるかさえ、わからないのです。

それでも、この宮野真生子さんと磯野真穂さんさんは、お互いに信頼しながら、球を投げあった。
 
 その言葉が、わたしたちが未来へ一歩踏み出すための後押しをしてくれる感じです。

 それはこの言葉を紡いだ宮野真生子さんが、今、目の前のあなたのことを信じてくれているからです。

  そう、宮野真生子さんのラインの踏み跡を、わたしたちがつないでいく。
 
 
 そしてまた、ちょうど、愛読書である「投資で一番大切な20の教え」も再読していました。

 「急に具合が悪くなる」のような人文科学の本と、投資哲学の本は全く違うようで、グルっと回って同じようなことがかいてあってびっくりしました。
 
 世界を代表する投資家であるハワード・マークスさんであっても「未来のことは予測できない」と書いています。
 
未来は概して知り得ないという前提で未来に投資しなければならないことを好む者などいない。だが、もしそれが現実ならば、真正面から受け止めて、予測に頼る以外の方法を見つけたほうがいい。
将来のことがわからないと感じている投資家は、全く異なった振る舞いをする。明日の成長よりも今日の価値を重視する。 
 
そう、予測できないからこそ、「今」に注力する。
「今」そのものがもっている「本質的価値」を重視するべきなのです。
 
ハワード・マークスさんの名言をどうぞ▽
 
 
新型コロナウイルスの流行や自然災害、さらには明日の株価(笑)など、
未来がまったく見えない状況に陥ることがあります。

本当にあなたがある日突然、「急に具合が悪くなる」かもしれません。
 
そんなとき、あなたはどうするべきなのでしょうか。
 
 
未来のことはわからない。
 
だからこそ、「今」の価値を大事にする。
 
 
今、目の前にいる相手に信頼してもらえる自分であること。
 
口先だけの嘘はつかない。
 
周りの言葉に流されてデマを言わない。
 
根拠のない悪口を言わない。
 
笑顔で温かい言葉を選ぶ。
 
愛する人を大事にする。
 
 
普通に当たり前に大事なことを、今やることだけが、
あなた自身の「本質的価値」を上げていく。
 
そう、今ここ、のこの瞬間の真摯な態度こそが、
時間を超えて現実と未来をラインで結んで、一致させることができるのです。
 

レジスタンスでいること

先日公開された、スター・ウォーズの最新作にして最終作である、
スター・ウォーズ〜スカイウォーカーの夜明け」を観てきました。
 
そんなにスター・ウォーズの大ファン、というわけでもなかったけど、
ここ数年は順番に過去の全8作をDVDなどで観る機会も増えて
この「スター・ウォーズ」という大作の世界観を感じられるようになってきました。
 
スター・ウォーズというのは、単純にいえば、
悪の帝国軍と善の反乱軍(レジスタンス)の戦いの物語です。
 
機械やAIを駆使して圧倒的な武力を誇る帝国軍と、
心のつながりと善意と信頼をよりどころにしているレジスタンス。
 
帝国軍は、裏切り者を抹殺することで軍の士気を維持し、
レジスタンスは裏切られても許すことで組織をつなげます。
 
ずっとレジスタンス側のリーダーで居続けたのは、
ご存じ
レイア姫→レイア・スカイウォーカー→レイア・オーガナ将軍。
 
なんと、父親は帝国軍のダース・ベイダーで、また息子も帝国軍側に堕ちます。
 
たくさんの人に囲まれながらも、孤独は深い。
その心中はいかばかりだったか…
 
映画やドラマの中では、レジスタンス側の人たちに感情移入して応援してしまいますが、
いざ自分がその渦中にいると、わからなくなってしまうのが人間というもので。
 
もし、いじめっ子が悪の帝国軍としてクラスで権力をふるっていたときに、
あなたは、レジスタンスになれますか?
 
その行為を見て見ぬ振りをしてしまっていませんか?
 
実は、見て見ぬ振りをする、ということが、いちばん楽で。
それこそが、悪の帝国軍の思うつぼ、なのです。
見て見ぬ振りをした時点で、帝国軍の共犯者になってしまうからです。
「あのとき、見て見ぬ振りをしただろう。だから共犯者だぞ。」
というメッセージを無意識に受け取ってしまうのです。
 
そんな中で、何か行動するのにはとても勇気が必要です。
だからこそ、レジスタンスはカッコいいのです。
 
あなたは、レイア姫になれますか?
そして、そのレイアを助けるハン・ソロになれますか?
 
あなたが納得の行く、カッコいい生き方、できますか?
 
 
その「カッコよさ」は、きっとだれかにつながる。
その意志をつぐ、次のジェダイが現れるかもしれない。
 
 

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レイア姫に合掌…
 
レイアを演じたキャリー・フィッシャーは、最後の9作目のときにはもう亡くなっていたんだそうです。
過去の映像をつなげて、この世にレイアの遺志が蘇った。
 
キャリー・フィッシャーの波乱万丈の人生にも、拍手を送りたい。
 
 
 

「ゲマインシャフト」か「ゲゼルシャフト」か。

ゲマインシャフト」VS「ゲゼルシャフト」。

 

まるでなにかの怪人みたいですが、

こんな言葉、聞いたことがある人いるかな?
昭和の頃にいっとき流行した言葉です。

 

ゲマインシャフト」と「ゲゼルシャフト」とは、

もともと、ドイツの社会科学者テンニース(1855-1936)という方が提唱した概念で、
人間が所属するコミュニティは、
地縁や血縁、友情で深く結びついた自然発生的な「ゲマインシャフト」(Gemeinschaft、共同体組織)と
利益や機能を第一に追求する「ゲゼルシャフト」(Gesellschaft、機能体組織、利益社会)

の2つに分けられる。
で、人間の近代化が進めば進むほど、機能や役割が重視された「ゲゼルシャフト」が人為的に形成されていく。

 

もともと農村は、「ゲマインシャフト=つながり」の世界。

生まれてからずっと同じコミュニティに所属して、顔を知ってるだけでなく
「こういえばああいわれる」ということまで全部知っている。
そのコミュニティには、温かさもあれば、窮屈さもあるわけで。

 

だからこそ、昭和時代は「ゲマインシャフト=つながり」の窮屈さから脱出して、

都会に「ゲゼルシャフト=役割」の気楽さを求めていったのでしょうね。

 

でも、一方で、今の日本は、近代化すればするほど、

都市はほとんど「ゲゼルシャフト=役割」になっている。

 

学校、職場。

そういうところはまさに「機能体組織」。
利害関係でつながり、役割でしか生きていないような気がします。

 

レストランの店員やJRの職員に逆ギレしたり、お客様相談窓口にクレームの電話を延々とかけてしまうのも、相手を人間ではなく「機能・役割」としてみているから。

 

そんな関係がすべてになると、だんだん自分が歯車の一部になってくるようで、「気楽」だったはずが、すさんでくる。

 

もともと「家庭」というのが、基本の「ゲマインシャフト=つながり」の砦であるはずなのに、その「家庭」さえも「機能・役割」の場ととらえて

「勉強しなさい」

「身ぎれいにしなさい」

「あなた、ボーナスちゃんともらってきたの?」
「たまに家にもどってきたらなんでこんなに散らかってるんだ!」

などなど、

「役割」の言葉ばかりを投げつけていくと、
どんどん「家庭」も「ゲゼルシャフト」化してしまいます。

 

私は実は都会生まれで、「ゲゼルシャフト=役割」の世界にいました。
今は、田舎暮らしをしていて、どっぷりと「ゲマインシャフト=つながり」の中にいる。
よくいわれるマイルドヤンキーの世界は、めっちゃくちゃあったかい「ゲマインシャフト」のコミュニティなんです。

 

今大人気の芸人のEXITさんをみていても、あー新しい世代は、「ゲマインシャフト」の感覚を上手にコミュニケーションに使っているんだなーと感じます。

 

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仲良しゲマインシャフト芸人のEXIT

どちらの世界もみていて、痛感することは、


どちらも一長一短。


どちらも凸凹。

 

そして、どちらも大事なんですよね。

 

 

今は、インターネットがどんどん普及しています。

 

このことで、


田舎で有機的なつながりの中で暮らしながら、インターネット上の有益な情報だけをもらうことができるようになったし、


都会の役割・機能組織の中で暮らしながら、インターネットの中に「心のつながり」をみつけることもできる。

 

この令和の時代は、


ゲマインシャフト」か「ゲゼルシャフト」か、

ではなく、


ゲマインシャフト」も「ゲゼルシャフト」も、

という時代にしたい。

 

 

 

 

そして、人の心の中にも「ゲマインシャフト=つながり」と「ゲゼルシャフト=機能、役割」が同居していていい。

 

そして、自分のいる組織が「ゲマインシャフト=つながり」を大事にしている組織か、「ゲゼルシャフト=機能、役割」を大事にしている組織か。

 

それを言葉にして心のなかにしっかり認識しているだけで、
今あなたがいるコミュニティを、素敵なものに変えられるかもしれません。